札幌出張【8】(2021/08/14)
宗谷岬から40分弱、無事、日のあるうちに稚内駅にたどり着くことができた。ここは言わずと知れた日本最北の駅である。
20年か30年くらい前、テレビのトレンディドラマで、主人公がバーに来ていた女の子との会話のきっかけを得るために、「日本で一番北にある駅はなーんだ?」と聞いて、女の子が「えー、わっかんなーい」と答えたらすかさず主人公が「正解!」と答えるシーンがあった。
いうまでもなく、「わっか(ん)ない」と「わっかない」をかけた、当時のトレンディドラマらしい軽薄短小なワンシーンである。なんというドラマだったか、とか、出演していた俳優が誰であったか、とかは全く覚えていないが、その一節だけが忘れられない。
そんな場所に今立っている。自分の中では未だにこの駅は「わっかんなーい」駅なのであるw
駅の周辺は再開発され、駅舎もドラマ放映当時の物とは違っている。もはや最果ての駅と言う趣はないが、かつては「わっかんなーい」の一言で片づけられるような軽いノリの駅ではなかった。
戦前まで日本の領土であった樺太(サハリン)へ向かうための連絡船が稚内から出港しており、稚内駅から港に向かう線路が伸びていた。
ロシアに実効支配されている今となってはその線路も使い道がない、ということなのか、新駅舎はその線路を分断するように建てられている。また、かつての引き込み線の跡地に商業施設や老人ホーム、道の駅わっかないなどもあり、大きな駅前広場を形成している。
その駅舎から広場の真ん中あたりに置かれた車止めまで線路がまっすぐ伸びている。
違和感を感じずにはおれないその光景に写真を撮る人が後を絶たないが、これは、日本最北端の線路というモニュメントだ。
モニュメントなので、鉄道車両は走らない。駅舎の中からずんずんとキハ40とかが顔を出したらそれはそれで興奮するがw
わざわざ駅より北に続く線路を復元するあたり、いずれの世にかつてのようにサハリンが日本に復帰するとか、あるいはサハリンとの交流が復活するとかで、再び気軽に往来できるような日がやってくることへの希望を捨てていないことへのアピールであるようにも感じた。
生きている間にそういう日が来たら、ぜひとも再訪したいものである。
とりあえず駅舎内に入って入場券を入手。この駅の入場券も音威子府駅と同様、企画ものの入場券だった。
稚内駅の入場券なのに写真は稚内から少し南に下った抜海(ばっかい)駅の物が使われているところが味わい深い。
館内には土産物屋もあったので、地域の名産品を土産に買った。
それから周囲を散策。
稚内はかすかに国境の街という雰囲気を感じる。
同じく国境の地である与那国島には、その先にある台湾を感じさせるものはなく、単に日本の離島という印象しかなかったが、この街は海の向こうのロシアの存在を意識している感じがした。
20年ほど前に、サハリンとの貿易が盛んになった時期があったという。
ロシアの漁船が入港して水揚げをした後、乗組員は稚内の街に歓楽に繰り出すのが定番で、街中にはロシア人が至る所で闊歩し、散財してくれるので、商売人も看板にロシア語を併記して呼び込みを行ったということだ。
同じ北海道で東に位置する根室もまた北方領土と向き合っている。サハリンに比べたらはるかに近い所に国後島や歯舞諸島があるせいか、あのあたりではロシアの国境警備隊が日本の漁船を拿捕する事件が度々起こっている。なので、どちらかと言うとピリピリしている印象がある(現地に行った事がないので実際のところは分からないが)。
同じ国と対面しているのにこの温度感の違いは何なのだろうか。
だが、稚内の街を沸かせたその活況は長くは続かなかったようだ。現在ではロシアの漁船の入港は殆どなく市街地も徐々に寂れてきている。
今でも当時の名残で、看板などにロシア語表記が残っているところがある。写真の道路案内標識にも併記されているのが見えると思う。
日本のほかの地域では見られない大きな特徴だ。
駅前から海岸の方向を眺めると、駐車場の向こうにコンクリートの構造物が見える。これが稚内を象徴する北防波堤ドームだ。
かつては、このドームの先の港から樺太へと向かう船が発着していた。樺太へと向かう乗客たちはこの下を通って船へ乗船していたのだろう。
今は修復中のようで、ドーム下の通路が閉鎖されていて歩くことはできなかった。
ふと時計を見ると17時30分の少し前だった。稚内のあたりで日没を迎えるのだろうと思っていたが、空を見る限りまだもう暫くの時間がありそうだ。
稚内の見どころと言えば、他にノシャップ岬がある。北海道の北端は宗谷岬とノシャップ岬を先端とする二つの半島に分かれている。
ノシャップ岬の方が幾分南にあるので、日本最北端のタイトルは宗谷岬が欲しいままにしているが、ノシャップ岬も北の果てであることには変わらない。
調べてみると、車で10分程度で行けるようなので、ついでに行ってみることにした。
稚内の市街から延々と続く住宅地を抜けると、いきなり岬に到着した。ノシャップというアイヌ語感の強い名前から、厳しい気候に対峙する荒涼とした岬、のような風景をイメージしていたが、全然違った。
岬はよく整備された広場の中にあり、すぐ脇には大きな漁港が広がっていた。
いきなりこの写真を見せられて、銚子の犬若港の写真だと言われたら、疑うことなく頷いてしまいそうだw
夕日は広場の真正面からこちらを照らしていて、全力で逆光だが、こんな感じの場所である。
海の向こうに利尻島のシルエットが見えた。綺麗な島影は利尻富士という山によるものだ。
利尻島、礼文島も機会があれば行ってみたい島である。
さて、夕暮れ迫り、そろそろ札幌へ戻ることを考えなければならない時間だ。
10時に出発して、宗谷岬に16時過ぎに着いているので、所要時間はおよそ6時間。そう考えると今から帰っても到着は夜半過ぎになるだろう。
ナビで戻りの経路を検索すると、行きとは異なり、今度は天塩、留萌と日本海沿いを経由するコースが検索された。宗谷岬に行くのと稚内に行くのとで経路が変わる程度の微妙な距離感の違いがあるようだ。
それはさておき、日本海沿岸を通るということは、日没が拝めるかもしれない。
ありがたいことに岬の脇に建つノシャップ寒流水族館という建物の壁に、日の出日の入りの時間が掲載されていた。
それによると18時47分が今日の日没の時間ということだ。もう間もなくならここで日没を待とうかと思ったが、あと1時間ばかりある。進めるところまで進んで、そこで見ることにした。
市内のガソリンスタンドで給油してから帰路につく。
この先、町らしい町が暫くないので、晩御飯の手配に難儀するかもしれないな、と日本最北のマクドナルドの脇を通過しながら思ったが、さほど空腹でもなかったので、そのまま進んでしまった。
市内から日本海側に抜ける直前、高台に駐車場があったので立ち寄り。日没までもうあとちょっと。
その先で、道道106号線という海岸沿いを通る道に合流する。海岸線はひたすらなだらかで、道はひたすらまっすぐ。そして周囲には道路と風車以外の人工物もほとんどない。
すれ違う車もほとんどない夕暮れの道、どこまでも日本離れしている光景をひたすら走る。
窓を少し開けると、恐ろしく涼しい風が吹き込んでくる。車の温度計を見ると16℃と表示されていた。寒いにもほどがあるだろう。
あまりに寒いので暖房をつけてしまった。8月に暖房のスイッチを入れることになるとは思いもよらなかった。