南東北の旅 - 5(2012/08/12)
— かつての賑わい —
行きの苦労はなんとやら、帰り道はあっという間に下山して再び根本中道まで戻ってきました。
折角なので電車が来たら写真を撮ろうと山寺駅に行ってみましたが、電車は行ったばかりで暫く来ないようなので、入場券だけ買って駅を後にしました。
駅前通りをまっすぐ行くと、突き当たりに「山寺ホテル」という非常に古めかしい趣のある建物があります。
このホテルは登る前にも見ていて、「入場無料、休憩できます。」と看板が出ていたので少しお邪魔してみることに。
ホテルというより旅館といった趣の木枠の引き戸を開けて玄関に入ってみたものの、人の気配がなく、何度か「すみませーん」 と声をかけてみたものの返事もなし。
入口から見て右手側に二階に上がる階段があって、「順路」と張り紙がされていたので、お邪魔してみることに。
2Fに上がると、そこには広大な大広間があって、版画の原画が額縁に収められて何枚も並べられていました。
そういえば入口脇に「結城泰作 原画展」という看板が出ていました。
大広間の窓側は縁側になっていて、窓際に二客置かれたソファといい、木枠のガラスの向こうに広がる庭園といい、そこにある一つ一つが何ともいえないレトロな雰囲気をかもし出していて、なんと言うかとても懐かしく心地よい空間です。
広間の脇に小さいテーブルが置かれていて、金色の折り紙と沢山折られた折鶴が箱に仕舞われていました。
その横に、「折鶴に願い事を書いて折ってください。」とあったので、カミさんがチャレンジしてみることにしました。
何せ二人とも折鶴を折るのはかなり久々のことで折り方を所々忘れてしまっていて、原付もそこをこーしたら、とか横槍を入れつつ、何度か試行錯誤した末にどうにか一つ折ることが出来ました。
— タイムマシンの小部屋 —
それから建物の中を散策してみることに。
いくつかの場所は公開されていて、かつての客間も見ることが出来ました。
そこは障子の格子のような妙に小さなはめ込みガラスが並んだ空間で、かつてここを利用していた人たちのことに思いを巡らせたりしました。
今度は一旦階下に下りてみる事に。
大広間の縁側から階下に下りる、旧家にありがちな急な階段を降りたとき、向こうからおばさんがこちらへ向かってくるのが見えました。
入口で応答がなかったので無人の施設かと思って、無断で立ち入っているのでもしや怒られるのかな、と一瞬身構えつつ、こちらから先に挨拶をしてみました。
「おはようございます。」
「これは、おはようございます。見学ですか?」
「はい。すみません。声をかけても返事がなかったので、勝手にお邪魔させてもらいました。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。」
ほっ、ひとまず問題なかったようです。。。
「上で折り紙やりました?」
「ええ、一つ折ってきましたよ。」
「そうですか。一階では、この建物の昔の品々とか切り絵を展示しているので、見ていってください。あと、すみませんが記帳をお願いします。」
このおばさんは、この建物を有志で管理されている方のようです。
展示されている部屋へ案内されると、すぐに明かりを付けてくれました。
そこに展示されているのは掛け軸とか古いつぼとかそう言った類のもので、正直あまり興味がわかなかったので、さっと見学をして隣の部屋へ。
隣の部屋は切り絵が展示されていましたが、これは上の広間に展示されていた結城さんとはまた別の方の作品だそうです。
そのどれもが繊細なタッチで作られていてこちらもなかなか見ごたえがありました。
それから玄関ロビーに抜けると、おばさんが、
「こんなの見たことあります?」
といって、ガラスに「電話三番」と書かれた古めかしい木のドアを開けてくれました。
これは公衆電話の部屋かな、と思ったのですが、ドアの中にあったのは黄緑のカード式電話でも赤電話でもなく、なんと手動式の電話機でした。
三番、と言うのはここの電話番号だったのでしょう。
原付ももちろん現役で使ったことはないのですが、これは本体横にあるハンドルをグルグルと回して発電(手回しラジオなどと同じ原理)し、その電気で交換局に居るオペレーターを呼び出し、口頭でオペレーターにかけたい相手の番号を伝えて手動で繋いでもらうという手順で電話をかけるものです。
そんな話は、テレビとかで見聞きしたことがありましたが、実物が拝めるとは。
「この受話器が結構重いのよ~」
とおばさんに勧められ、こんな電話機の存在すら知らなかったカミさんが受話器を持ち上げ見ると、
「あ、重っ! ほんとだ~」
続いて原付も持ってみました。
それは原付のばあちゃんの家にあった黒電話の重さでした。
「これは何だか分かります?」
と指差されたのが、電話機の脇に置かれていたしおり状のカード。
これにはカミさんが先にピンときて、
「旅行バッグに付けたりするものですか?」
「正解!当時は宿に泊まられる方が、宿に荷物を置いて山寺へ登りに行っていたので、誰のものかわかるようにこういったものを付けたんですよ。」
良く見ると電話番号に市内局番がついていません。
市外局番が6桁だった頃に刷られた物のようです。
「ここはオーナーだった人が亡くなったので廃業になっちゃったんですけど、廃業になってからも建物を残そうと有志で展示しているんですよ。それで、あちこち探してみたら、こんなものが次から次へと出てくるので、こうやって公開しているのよ。」
「ところで、これは何だか分かる?」
と指差されたのが棚に置かれた謎の箱。
「版画のばれんみたいな物?」
「いや、小物をおいたりするのかな?」
結局二人とも正解にはたどり着けず。
おばさんが今にも答えを言いたげな顔でこちらを見ています。
「これはね。昔の高枕です。昔の人は髪結いをしていたでしょ?この箱の上に小さな枕を置いて、髪が崩れないようにしていたんですよ。」
おー!言われてみればそれだ!
本当に色々なものが残っています。
「ここは築何年位ですか?」
「正確にはわからないのですが、大正時代からあるそうですよ。」
と言って、壁に掲げられた古い写真を指差しました。
「ほら、馬車とか通ってるでしょ?これは旧館の玄関です。昔は鉄道が通ってなくて、ここの通りが出来てなかったので反対側に入り口があったんですよ。」
「反対側って、庭のあるほうですか?」
「そうです。そこにかけてある看板が旧正面に掲げられていたものです。」
カミさんが台に並べられていた絵葉書を見て、
「これは誰の作品ですか?」
と質問しました。
その絵葉書はさっき二階に展示されていた結城さんの版画が印刷されているもので、二階で見たじゃん!とツッコミを入れそうになったのですが、考えてみたらカミさんは折鶴を作っていて版画は見ていないんだった。。。
カミさんはこの絵葉書を一枚買ってみようと思ったらしく、あれこれ物色しています。
「そこにあるのが、ここのホテルの版画ですよ。」
とおばさんが指差してくれて、カミさんはそれを選んで購入しました。
なんだか色々と話が尽きない感じで、どれも興味深い話ではあったのですが、この先の予定もあるので、そろそろお礼を言って中座させてもらうことにしました。
思いがけず知的好奇心を満足させることが出来て楽しいひと時でした。
自宅に戻ってから調べてみたら、このホテル、廃業は平成十九年と案外最近まで営業していたそうです。
てっきりもっとはるか昔に廃業しているのかと思っていました。