おじいちゃんのお葬式 - 4(2011/07/10)

— 地震にスカされる —

翌日。

昨日もそうでしたが、今日も朝から気温がぐんぐん上がり、すでに外の日差しは痛いくらいの強さになっていました。

今日はおじいちゃんの火葬のみ行うそうで、葬儀は明日になるということでした。
この炎天下のさなか、真っ黒な喪服を着なければならないと思うと少し気が重いです。。。

朝食を済ませて、車に分乗して斎場へ。
斎場までの道すがらにおばあちゃんの家があるのですが、通りがかりにふとおばあちゃんの家のほうを見ると、隣の敷地の盛り土のところにブルーシートがかけられているのが見えました。

斎場に到着して従弟に聞いてみると、なんと度重なる余震のせいでとうとう崩れてしまったのだそう。
前回見たときには既に崩れそうだなとは思っていましたが、まさか本当に崩れてしまうとは。。。

三々五々親族が斎場に到着し、ロビーに集合してしばらくすると声がかかりました。

火葬炉の前に全員集合し、係員の進行の元、喪主がお別れの挨拶をし始めたそのとき、突然電車の鉄橋の下に居るときのような、ゴーーーッ!!という音が建物内に鳴り響きました。

最初音だけで揺れがなかったので、一瞬なにが起こっているのか分からず、隣の火葬炉の動作音かな、と思ったのですが、天井に設置されたはめ込みの飾りガラスがその音に共鳴するようにビシビシと鳴り始めて、やっとそれが地震の初期微動であることに気付きました。

その強烈な轟音は、間もなく大きい横揺れが起こることを知らせるかのように響き渡り、みんな不安そうな表情で周りを見回しています。

まさか、このタイミングで巨大余震に遭遇することになるとは。。。

そのうち、祭壇のろうそくがカタカタと揺れ始め、親族の一人が「外に出た方がいいんじゃない?」と周りの人に声をかけはじめたのですが、思いのほか周りの人の動きは鈍く、様子を伺っている感じでした。

原付は覚悟を決めて、などということもなく、どうしてよいのかよく分からずにその場に立ち尽くしていたら、それから大きな揺れに進展することなく、地鳴りは次第に収束していきました。

一同狐につままれたような顔でお互いを見合って、「今の地震?」とか言い合っています。
激しい初期微動の割に揺れがほとんどなく、まるで地震にすかされたような感じです。。。

「それでは最後のお別れです。」

唐突に係員の声が聞こえました。
地震の成り行きに気をとられていたせいで気づかなかったのですが、何気に火葬前の儀式は淡々と続けられていたようです。

あ、喪主の挨拶ぜんぜん聞いていなかった。。。

というか、地元の皆さん地震慣れしすぎではないですか?

棺が炉に納まり、焼き終わるまで待合室でお茶の時間になりました。

しかし、さっきの気持ち悪い振動はなんだったのか。。。
3・11を水沢で経験した従弟は、「3月の地震の時も最初こんな感じでそれからでかい揺れが来たんだよ。」 と話していたので地震が起こったことには違いなさそうです。

初期微動の割りに本震の揺れが殆どなかったので、もしかしたらこの斎場は実は免震構造になっているのかな、などとも思ったのですが、携帯で調べてみたら、マグニチュードが7.1で、一関付近は震度3ということでした。

震源地が、牡鹿半島の沖合いだったので、津波注意報が発令されたそうです。

盛岡や宮城の辺りで震度4を観測したのに、一関を中心にした一帯が震度3だったというのも不思議な感じですが、周りの誰かが、「おじいちゃんが火葬中に停電で生焼けにならないように、この辺だけ地震が小さくなるようにしたのかな?」 などと冗談を飛ばすとみんなドッとウケていました。

いずれにしても不思議な地震でした。

その後一時間ほどで火葬が完了し、集骨まで済ませたら、本日の儀式は終了とのこと。

— 三たび陸前高田へ —

今晩も親の世代はみんな葬儀場で過ごす事になったらしく、従弟の実家に泊まるのは孫一同の面々となりました。

従弟が、「じゃあ、今晩ばーちゃん家でバーベキューやろうよ」と言い出してみんないい感じに乗り気になったのですが、おばさんが「ばーちゃん家はまだ水が止まってっからダメだ」 と駄目出し。。。

結局、従弟の実家の庭先に場所を変更して開催することになりました。

それで夕方までの時間、弟夫婦が沿岸の方を見に行きたいと言いました。
従弟に道案内に付き合って貰いたかったのですが、生まれたばかりの子供の世話とバーベキューの食材の調達で行けないということなので、原付に白羽の矢が立ちました。

おじさんにその事を伝えると、「そっだな、○○(弟の名前)にとっても色々勉強になるから行ってみろ」といって、車の鍵を貸してくれました。

昨晩の取締りのことを気にしてくれたのか、他県ナンバーの車で行くのは危ない、ということです。

夕方に戻ると従弟に伝えて、弟夫婦とカミさんを乗せて三たび陸前高田へ。
陸前高田も3度目ともなると、悲惨な光景もだんだんと目が慣れてくるようになったので、今回は弟のアテンドに徹することにしました。

ただ、行程中、少ないながら新たな発見やはじめて通った場所があったので、何枚か写真も撮影しました。

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まずは、本日開通したばかりの気仙大橋の仮設橋。
車のガラス越しに写したのですが、ガラスに付いた虫にピントが合ってしまって、残念ながらピンボケでした。

従弟の家に戻ってから見たテレビのニュースで開通式典の様子が伝えられていましたが、式典の最中に件の地震が発生し、津波注意報が出たために式典はそこで中止になってしまったそうです。

その後再び陸前高田駅へ。

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昨日は通らなかった陸前高田市役所の前を通過しつつ駅前を抜けると路地の先にこいのぼりが掲げられているのが見えました。

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何かのニュースで津波で行方不明になってしまった子供に向けて、帰ってきたときに場所が分かるようにとの願いを込めてこいのぼりを立てているという記事を読んだことを思い出しました。

このこいのぼりも同じ願いが込められているものなのでしょうか。。。

その後来た道を戻り、気仙大橋を渡って、今度は気仙町方面へ。

弟は言葉を失ったままため息ばかりついていました。

気仙町の市街を抜けて、そのまま国道343号(今泉街道)に入って陸前高田の街を後にしました。

地元の人間でもない原付が道案内するのもなんだか変なものですが、折角案内係になったので、津波の被災地とは別に、ぜひとももう一箇所連れて行きたい場所があります。

それはもちろん、岩手宮城内陸地震で崩落した祭畤大橋です。

どうせ祭畤大橋まで行くなら、前回休みで入れなかった近くの真湯温泉で一風呂浴びたいと思い、念のため電話してみると、営業はしているらしいのですが、温泉の方が不調になっているらしく、現在は水道水を沸かしたお湯を使っているらしいです。

弟とその辺相談すると、まぁ、夜になったらバーベキューもすることだし、今無理に行かなくても後で市内の温泉に行けばいいんじゃない?とのことだったので、真湯はまたしても見送りとなりました。

Posted by gen_charly